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二宮 和也 『硫黄島からの手紙』で 故郷へ届け”防人として将兵の心” [二宮 和也]

二宮 和也 (にのみや かずなり) と云う男、

嵐のメンバーであり、アイドルでありながらも

”際立った感性”を持ち合わせている。


その演技は観るものに感動を与え観客を虜にする。

素晴らしいスター性の持ち主である。


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https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTCWqyJb2r3hv-MFOlryO1vpGZkDpj5m3vW1bwB-sFL6CJ4eEf-NAより引用




彼のナチュラルとも言える”独特な感性”で 

肩ひじ張らない自然な表現方法は”地獄のような身悶える戦場”も

自分の肌で感じた”感覚 ”としてその異空間の世界を

表現することが出来る、稀有な存在である。




彼の言葉の中にも


「本当に現場は静かでした。

セットに入ると 僕はそこにあるもの、

例えば<樽とか  銃とかの>小道具をつけていると、

自分で何も考えなくても


  ”自分が 本当に そこに いたんだろうな! ”


  と思うような<素晴らしいセット>だったということもあります。

でもセットで ずっと、


”もし 俺が ここにいたら…どうなるんだろう? ”


    と考えていたら、もうカメラが回っていて


   ”ボーっとしているの ”


   を撮られて


”OK ”


   と言われた<クリントイーストウッド監督※1 より>ことが 何回かあって、

恐ろしいな<こちらが身構えていない中に撮られて>と思いました。


  ”用意スタート!”


   というのは本当 になくて、


   ”びっくりして ”


それからは<クリント>ばかり見るようになりました。」


このように、作品の中に自然と入り込み、素のままでも、

流れにうまく乗れて作品を生かす存在であることがわかる。


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  この映画は、日米双方の多くの血を流した※2 、

悲惨な戦争の痕跡であるとともに


栗林司令官の兵隊に対する人間味あふれる対応※3 によって、


”一縷の生きる希望を抱くことが出来た ”


西郷陸軍一等兵(二宮和也)と指揮官との心の触れ合いを描く

ヒューマンドラマでもあります。


彼の発言の中にも、


「とにかく自分の中で

   ”人間であり続けること”を一番に考えました 。

  戦いの中で 人間味を失くしていく兵隊が多い中、

   自分はそれを失くさないように、

  何とか色々なことを 自分の最後の中で

   受け止めて片付け、次へ進むという作業を

一生懸命やらせていただきました。」


と述べている様に、この作品での重要なキーマンを演じきっている。



※1  アメリカの俳優出身の監督。俳優として代表作にTVシリーズ「ローハイド」

    マカロニウェスタンの「荒野の用心棒」映画「ダーテ―ハリー」等がある。

    監督として『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』『アメリカン・スナイパー』

    などがある。


※2  日本軍の戦死者2万人、アメリカ軍の死者、戦傷者は合わせて3万人に達し
    
    未曽有の血が流された激戦地である。


※3  当時陸軍で はびこっていた部下に対する理不尽な体罰を戒めた栗林中将は


    万歳突撃などで兵隊を無駄に死なせることはせず、日本へのアメリカ軍の

    
    進行を遅らせるため 迷路のように地下通路を掘り ゲリラ戦で神出鬼没な攻撃を


    仕掛け アメリカ軍に大打撃を負わせた。


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二宮和也 が障碍者を演じた『DOOR TO DOOR』※1 は

2009年3月に放送されたドラマで、

脳性まひにより、右半身が不自由で、

言葉もハッキリと話すことが困難だが


明るく生きる青年の役柄を見事に演じました。


障碍者の話と言うと、何となく暗くなりがちな、

悲しい物語なのかなと思いがちですが、


倉沢英雄(二宮和也)を目の中に入れても痛くないほど

可愛いと思う母・美津江(樋口可南子)の

英雄に注ぐ親の無心の愛を中心にして、

ホッと和む 日常が進んでいきます。


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英雄も明るく前向きな性格で、

昼夜を問わず 働く母のために

何とか自立して、母を楽にしてやりたいと

思う気持ちがヒシヒシと伝わってくる、

親子の愛情物語なんです。

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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-0c-c3/sincere_left/folder/498520/70/4350370/img_0?1260156915
より引用


母親が無理をして過労で倒れた後、

心配で寄り添う、英雄を

自立のためにあえて突き放す母親の姿は、

自らの状態を顧みないでまず第一に

子の成長を想う母の思いにジーンとさせられます。


母親の容態が急変したと聞いて、

仕事場から駆けつけ、一刻も早く会いたいと、

病院の廊下を走る 英雄の後ろ姿は

母を思う子供の気持ちが…悲しいくらいに伝わってきて

切なくて堪らなくなり、涙腺崩壊状態になりました。


生まれつき体が不自由な人がいかに、生きていくか?


悲しかな、完全に一人だけで生活するのは不可能なのが現実なのです。


他人に、多くの部分を依存して 生きていかなければならないのも 事実です。


しかしながら、どうしても出来ない事は、他人にやってもらうにしても、


  そこで甘えてはいけないのです。


  自分で出来る事は自分でやり、


周囲の人に対しても、


   何か…自分でもお役に立つことはあるかな?


と常にアンテナを張っていることも必要なのだと思います。


   これはお互いが”思いやりの気持ちを持つ”


人にやさしい社会の実現の第一歩と思います。



こう云う事は、障碍者だけに言える事ではないのです。



健常者だって、年を取れば、いずれは、

他人の力に頼らざるを得ないのが人間なのです。


「お互いさま、なんですねえ」


所謂、ノーマライゼーション※2 の理念の実現のため、

バリアフリー※3 やユニバーサルデザイン※4 を

生活の中に取り入れて、

障碍者も高齢者も地域で一緒に暮らせる


  ”思いやりの溢れた” 社会の実現の布石となる為に、


二宮和也 が演じた 倉沢英雄 が一石を投じたものと考えられます。


※1  米国の訪問セールスマン、ビル・ポーターは脳性まひで、手足が不自由、

    言葉がうまく話せないという障碍を持つ。

    障碍者手当に頼ることなく、自立の道を求めた両親の愛情に支えられて

    何度断られようが、前向きに、次は何とかしようと直向きな努力を続けて

    顧客の心をつかみ、トップセールスマンになるまでを描く。


※2  障害をもつ者ともたない者とが平等に生活する社会を実現させる考え方。


※3  日常生活や社会生活における物理的、心理的な障害や、情報に関わる

    障壁などを取り除いていくことをいう。


※4  障害者、高齢者、健常者の誰にとっても利用しやすい製品や建物、

空間デザインの考え方。

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